@kanibeam_jp

自転車メッセンジャーやってます

#PoIC における「再生産」

 情報収集/再生産のプロセスに10年以上前に出会ったPoIC(Pile of Index Cards)という手法を使っています。このワードで検索するとわかりますが、PoICとは5x3inchの情報カードに日々得られた知識、感想、思いなどを4つの単純なルールで記述していき、それらを保存・再活用していくための手段/武器です。

 

  自分は(PoIC wiki管理人様は非推奨としておりますが)Evernoteに日々のtweetsや写真、メモ、気になるWebページをクリップしておき、適宜それらを検索して活用する/必要に応じてそれらを断片的に切った貼ったしながら新たにページを書くなどの方法で部分的ながらその方法を実現しております。

 

 で、この再生産プロセスというのが一見面白くも合理的で人間の脳とかなり近い構造をしているな〜と思ったので、紹介したいと思うとともに最近メッセンジャーという仕事の中で情報収集しかする暇がなかったところを情報を活かす方向に使いたいと思い、自分に言い聞かせる意味もありこの記事を書こうと思った次第です。

 

 再生産する - PoIC 内容はある程度この辺からパク…いや、引用、いや、噛み砕いております。ちなみに手法はTechcrunchあたりから丸パクリしてます。カッコイイと思ったんだもん…でも意外と見やすくない?

 

 KJ法、という手法がありまして、これは収集したカードを項目ごとに分類して、それらの内容をまとめてひとつの論文とするというものです。これは、ある事柄に対して関連することがらを思い出しながら生産していく人間の知的プロセスに似ていると思われます。

 

 たとえば、今晩のメニューを考えるときに冷蔵庫の中身から考える事があるかと思います。「あ、ピーマンが余ってたな」「なんとなく中華が食べたいな」そういう自分のもつ条件・情報のなかで、メニューは絞られていきます。このプロセスをPoICにたとえると、「ピーマン」「中華」という料理に関連するカードが抜き出された、という状況と言っていいと思います。そうして抜き出された情報を編成、統合、参照してつくられた今晩のメニューが青椒肉絲、というわけです。

 

 「再生産」ということでは、ブログなんかもそれにあたるのかなと思っておりまして、まさにブログ記事なんていうものは情報の再生産だと思うわけです。土と植物の種を組み合わせて農業をするように、素材同士を組み合わせて製品を作るように情報と情報、経験と物語の掛け合わせで情報を「再生産」するというのがいわゆる物書き行為なのかなぁと思います。この記事だと「PoICという手法」と「僕の解釈」を掛け合わせることでまま1500文字くらいのブログにはなるというわけですね。この記事役に立つでしょうか?

 

 情報の再生産というのはかなり痛みを伴うものというか、以前twitterでも似たようなことを書いた記憶がありますが「必要は発明の母」だと思います。(こんな名言ありましたよね?なければ今僕が考えました。)つまり、情報の再生産過程においてもその必要性がないと情報をかき集めて生み出すことができないのかなと思います。

 

 僕が産んだ名言ですが、「人間も所詮動物なので危機感がないとなにもしない」という考えがあります。夏休みの宿題がそれです。「これやっとくと後で楽なんだよな〜」ぐらいだと人は動かないし動けないのです。ブログに関しては完全にほんとはやらなくていいことなので、「いよいよ自分の中にインプットがたまりすぎて出さないと気持ち悪い」ぐらいにまでならないとアウトプットできないのです。

 

 しかも情報の再生産には痛みを伴います。あるテーマについて考えて考えて考えて考えてうんうん唸って(このブログ記事も構想2週間執筆2日です)書いちゃ消し書いちゃ消ししてやっと形になったかなというのが文章ってもんだと思います。こりゃやらないわけだ。やってても面白くないし。

 

 PoICというシステムあるいはEvernote x IFTTTのような形でツイートや呼んだRSS記事やインスタの写真やなんやかんやを常に貯めておくということはこういうときに意義があります。つまり自分のシステムの中に「貯まり」があるのです。情報溜まりとでも言いますでしょうか。そういう貯まりがあるからこそ、アウトプットもできるわけなのでやっぱり本はメチャクソに読むべきだし、感想や内容のまとめはデータベースの中に残しておくべきだと思います。

 

 僕が月にウン千円ブログに払いながらなかなか記事を書けないのも、上記の理由があるからです。つまり、「別にやらなくてもいいし他にやることいっぱいある」上に「相当書く意欲が高まったテーマについて自分のデータベースをメタクソに参照しないといいものが書けない」し、しかも「見栄っ張りなので『全力投球した風なのに内容ペラッペラのブログは書きたくない』という悪癖がある」のです。

 

 ちなみに僕は「最近筆箱を買った」だけで

「なぜ僕が筆箱を買うに至ったか?」(150字)

「どういった筆箱を望んでいたか?」(120字)

「そしてこの筆箱とどう出会ったか?」(80字)

「買うか買わないか2日迷った結果…!」(60字)

「すごくいい筆箱でした!」(100字x3段落)

みたいなブログが死ぬほど嫌いです。だからこういうのが全然書けないんですよね。日々「こんなのほしいなー」と思ってたものとかは買ったりしてるし「あーよかった」とか「あー失敗だ」なんてのは日々感じてるわけですが、なんかそれをわざわざその前段からブログにして「僕はこういう人間だからぁ〜」などと語るほど高尚な人間ではないと思うからです。「そんなことないよ」ってリプライお待ちしてます。

 

 だから、ブログだけで食ってやるぜって人はすごいと思うしやるじゃんと思うんですが、だからこそ書くという行為に覚悟を持ってほしいんですね。だって本来は書くという行為ってものすっごく大変なことだから。ここまでで約2500文字。結構みっちりと書いたつもりですが、この記事で説明してるのは所詮「日頃情報を貯めとかないと文章書くの大変」程度の内容です。僕は書いてる内容にわりと納得感がありますが、それでも構想2週間執筆2日かけてやっとこの程度なんです。

 

 まー日々の仕事に毎日毎日全力投球するのはしんどいだろうからそこまでやれないってのもあるとは思うし、いわゆるコタツ記事を量産しないとSEO上も優位に立てない部分ってのはあると思うのですが、そこは自分でやるって決めたんだからやらないと。一つの道に進むってのはそういうことだと思うし、その程度やれてなくて会社員をコケにすると「社会経験無さすぎ」とかいって逆に嗤われちゃう。僕は会社員をドロップアウトして「チャリで食おう」と決めてメッセンジャーやって今自転車屋ですが、メッセンジャー転職からの3年ちょいは日々学びでしたし、会社員時代のことも当時は相当しんどかったですが今思えばあのときの辛い思いとかも自分の中に息づいてるなと思います。対人折衝とか、お客さんというものに対するビジネス的な感覚とか、普通の会社員ってこんな感じでやってんだ〜みたいなのとか。

 

 オチつけるの凄い苦手なのでそろそろ3000文字が見えてきて「あ〜どうしよっかな」って感じなのですが、とにかく「情報の再生産だって非物質というだけで苦しさは製品の製造となんら変わらない」「今も僕は結構苦労しながらブログ書いてる」「それをやるって決めたブロガーは偉いけどその結果がペラッペラ記事だとお笑い草」「やるって決めたらやれ」あたりです。これらができたら会社員と自分ってものを比較して結果的に自分の選択が人生の中で正解だったかってのを考えればいいんじゃないですかね。勿論、得られたものと得られなかったものと考えながら。リスペクトを忘れずにね。